おおよそだいたい、合唱のこと。

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主に、管理人が参りました、合唱団の演奏会のロングレビューを掲載しております。
また、時折、気分に応じて、合唱如何関係なく、トピックスを記事にしています。
合唱ブログのつもりではないのに、気付いたら合唱ブログみたいなことになってきました。
やたら細かいレビューからノリツッコミまで、現状、合唱好きな方の暇つぶしには最適です。
ゆっくりしていってね!!!

2018年8月19日日曜日

【合唱団もんじゃ 4th Concert】

2018年8月18日(土)於 大田区民プラザ 大ホール

〈本日の旅程〉
名古屋市内→豊橋(18きっぷ東海道線)→浜松(遅延)→静岡(やっぱり遅延)→熱海(諦めて新幹線利用)
→品川(鈍行グリーン車利用)→蒲田(京浜東北線)→下丸子(東急多摩川線)→本件
→蒲田(東急多摩川線)→川崎(京浜東北線)→立川(南武線)→甲府(中央線)→宿泊

〈明日の予定〉
甲府→富士(身延線)→東海道線経由で帰名

……もうね、あえてこういう言い方してしまうと、
一体何しに来たんだかわかんない笑
ちなみに、検討していたプランの中には、飯田線各駅停車長野方から乗り通しなんていうプランもあったりしました。なんていうか、勢いって大事ですね←
そんなわけで、割と勢いで聴きにきました。とある事情から、勝手に親近感を持っていまして、ずっと聞きたかったんですね。理由? まぁ、私の所属団を知ってしまっている方もいるでしょうし……アレですよ、だいたい、似たような構えしてるじゃないですか、うちの団の名前笑
嘗てはなにかあったとかなかったとか聞いたり聞いてなかったりしてますが、終局、私とは特に関わりのない話なので、結局、本当に勝手に親近感持ってるだけみたいな格好です。その意味では、念願叶ったり、一度来てみたかった演奏会。そういえば、「プロ」とか「初演」とか、そういう理由つけずに来た関東の演奏会という意味では、もんじゃが初ということになりました。多分、自身通算をしてもなかったはず。あえて言うなら大昔に出演したついでに聴いたTOKYO CANTATくらいかなと。乃至、まぁその、ただ聞きに来たつもりがビデオ係やらされたとか、そういう感じのやつ←

・ホールについて

東急多摩川線下丸子駅より徒歩すぐ。蒲田から来たときは、すぐに踏切を渡りましょう。さもないと……迷うと結構果てしないです(体験談←
区民用の多目的施設の中にある、キャパ800程度のホール。古さもちょうどいい感じの、池田アゼリアと同じくらいの大きさでしょうか。狭すぎず、広すぎない、手頃な感じがちょうどいいホールです。多目的ホールにして、内装は石材系と金属系の組み合わせという珍しい形式。しかも床はフローリング。全体的に白を貴重としている中で、紅白の椅子と合わせて、足元の暖かなアクセントが非常に印象的です。クロークとして使われていたカウンターも、飲み物くらいなら出せそうな感じ。非常に使いやすそう。
そう、このホール、非常に使いやすそうでした。その、非常に使いやすそうな、多目的ホール。なにせ、ブザーはやっぱり、「b----------------!」ですし笑 実際のところ、残響というのはいまいち望めません。
でも、そこがポイント。残響以外の部分については、とても素直な素晴らしいホールです。鳴らしたまんまの音が、素直に部屋の大きさのままに帰ってくる。鳴っていることを殺すこともなく、そのまま返ってくるというのが貴重です。音楽でこれなんですもん、本当の意味で、多目的、なんだと思います。ほらだって、客照落とすと、完全に真っ暗になって、レビュー用のメモとか書けなかったですし笑
しかし、ピアノはスタインウェイ。多目的なのに。東京ってすごいわ……笑

集客は6〜7割、下手側舞台前には親子優先席がありました。そのさりげない配慮の素晴らしさ。
ひな壇は、ちょっと多めの4壇。でも、70人あまりが乗ったら、案外いっぱいになっていました。そして、この人数ならやっぱり、もっと入場はサクサクしたいですね。女声より男声が遅いというのは、ちょっと。

Opening stage
指揮:佐々木孝康
ピアノ:高橋人富

まずひとつめに、驚いた! 何にって、すごく、爽やかな音を出すことに。
否、勝手なイメージを持っていたんですよ、関東の人たちって、すっごく、発声がしっかりしていて、その発声を頼りにして、ゴリゴリと音を鳴らすところで満ち溢れてるんじゃないかって。良くないですね、こういう、勝手な思い込みって。
そういう音の良し悪しはさておいて、ここは、ノンビブラートで、音圧というよりは、各人がアンサンブルに溶け合うようにして、透明な音を鳴らしていく、なんだか、個人的には落ち着く感じの音笑 ただ、このステージに関して言えば、まだ声が温まっていなかったのか、特に高音への跳躍など、ピッチが正確とは言い切れない感じでした。高音への跳躍についていえば、どちらかといえば、届いていない、という方が正しいかも。各パートの中での微妙なピッチの揺らぎも、アンサンブルに悪影響を与えてしまっていたか。そう、こういうタイプの音作りを目指そうと思うと、ピッチも、寸分違わず揃えなきゃいけないんです。
でも、この曲、さわやかでええ曲なんですよ……歌詞もまた、この団によくあっていて。このあとの演奏会への期待感を否応なく見せてくれました。

1st stage:もんじゃの新定番! アラカルト
ELBERDIN, Josu "Ubi caritas et amor"
木下牧子「にじ色の魚」(村野四郎)
信長貴富「それは」(長田弘)
相澤直人「あいたくて」(工藤直子)
上田真樹「あなたのことを」(銀色夏生)
指揮:佐々木孝康
ピアノ:嶋田理子

このステージ、音取りは音叉で。少なくとも、この指揮者もプロではない。なんだか、すごい人が一杯出てきているものだなぁ……
1曲目は本演奏会唯一(!)の外国語曲。とはいえ、ラテン語だからそこまで極端に神経質にならなくても歌えちゃいますけどね。……とか言ってると、今回も、母音がバラけて音が少し散ってる気もしたのだけれども←
最初の方は、下三声の和声のピッチが、前のステージを引きずっているのか、かなり不安に聞こえました。あと、強弱に対する意識が今ひとつ真剣味にかけるというか、もう少し「なぜこの部分はこの強弱なのか」といった司祭にも意識を向けられると良かったなと思います。ただ、この1曲目からして、すでに萌芽が見えていたのは、メロディに対する意識の秀逸さ。
日本語に入ると、そのメロディの秀逸さに合わせて、演奏もどんどんブラッシュアップされていきました。2曲目「にじ色の魚」なんて、このところアンサンブルコンテストのスタッフ入りなんかしたりして嫌という程聞かされていましたけど(失礼)、言葉が立つとこんなにも美しく聞こえるんですね! 大人ってすごい。
そして、なにより白眉だったのが、5曲目「あなたのことを」。私としては、昨年あい混の初演に出会って以来。その当時は、どうしても『終わりのない歌』の初演に耳が引きずられていましたが、今日は、この曲の良さを再確認させられました。否、この再演を通して、この曲が成長した瞬間を目の当たりにした、という方が正しいかもしれない。この曲に至ると、うびかりで難しい顔してた人たちもみんな笑顔ですもんね、上田真樹ってすごい笑 あんなに心から幸せそうに「あなたのことを考えてたよ」って歌われちゃうと、もう、ホントに心に染み渡る。語り継がれていい再演でした。
一方、ひとくちにメロディといっても、3曲目「それは」のように、ちょっとテンポ的に揺らされたりすると、テンポに引きずられていってしまったりもする。まだまだこれから、という課題を抱えつつも、その歌心と素直な音に、未来への可能性を感じさせる演奏でした。

インタミ10分。

2nd stage:Monja Summer Festa!!〜もんじゃと過ごす夏のひととき〜
桑田佳祐(arr. 信長貴富)「希望の轍」*
RAG FAIR(arr. 壹岐隆邦)「恋のマイレージ」(土屋礼央作詞/豊島吉宏作曲)a cappela ensemble
ZONE(arr. 森友紀)「secret base〜君がくれたもの〜」(町田紀彦作詞作曲)
森山直太朗(arr. 田中達也)「夏の終わり」(森山直太朗・御徒町凧)**
ゆず(arr. 石若雅弥)「夏色」(北川悠仁作詞作曲)
指揮:佐々木孝康、関口智史*、飯間葉子**
ピアノ:高橋人富

お次は、巷では、演出付きステージとかアトラクとか呼ばれる……要するに、寸劇ステージですね笑
全曲ポップスで固めていながらにして、しっかりと技術面でも合唱を追求する、良プログラム。2曲目は少人数アンサンブルに手拍子も加えて、3曲目・4曲目は女声・男声合唱でそれぞれうたっていきました。役の方のセリフはピンマイクをつけて拡声。ただ、アンサンブルの音圧がどうしても小さくなっていたところでいうと、セリフはアンプラグドでやったほうが良かったのかもしれません。
寸劇に無駄な力が入っているというわけでもなく、青春第一のストーリーをさりげなく(ときおり強引に……お汁粉とか←)提示しながら、全体として、音楽がちゃんと通底している雰囲気が印象的でした。寸劇のために音楽がおざなりになることって、こういうステージだとよくあるんですよ。音楽がただのBGMになっちゃってるみたいな。
ストーリーは、10年前の甘酸っぱい恋物語の回顧と、青春の再現のような、再会の物語。最後の再会は、ゆずの「夏色」で、思いっきりはっちゃけて締められる。だからこそ、特に、1曲目から2曲目〜導入から出会いまでは特に、「夏色」くらいに全部はっちゃけた音があってもよかったかなぁと思います。特に人数が減る2曲目〜4曲目まで、どうしても音圧が少なくなってしまって、ボリューム不足のような感じがしてしまいました。特に、男声ステージは、もっとトップが張ってほしかったなぁ。一種の、伝統芸能みたいなものですが。
否しかし、本当に、甘酸っぱくて、なんだか正視できないくらいだった笑 しかし、そんなストーリー、最後の「夏色」を歌うときにひな壇に上がった主人公とヒロインの間には、たまたまだろうけど、団員が一人挟まっている。なんだか、ちょっと歯がゆい感じ、これも又青春!?笑

そしてインタミ10分。やっぱり、インタミは短いに越したことはないんです。長くても、終わりが気になって、何も出来ないこと、結構ありますから笑

3rd stage
三善晃・混声合唱のための『地球へのバラード』(谷川俊太郎)
指揮:近藤一寛

で、このステージこそ、白眉! 自然に流れる音楽を、自分たちのテンポの中に落とし込んで、ちゃんと表現できている。勢いの中に、ちゃんと音の跳躍もできているし、それでいて、1曲目の「くやしさといらだちの」といった、細かい表現も、しっかりテンポを止めて音にすることが出来ている。全体として、表現がダレることがないから、2〜4曲目のテンポの緩い曲も十分な音の中に表現出来ている。で、やっぱり、その爽やかさを生かして、テンポの跳ねる1曲目や5曲目では、自分たちの持ち味を生かして、思いっきり音を鳴らしているなっていうのがわかる。なんだ、これまでちょっと感じてた問題って、本当に声が温まってなかっただけじゃないのって思っちゃう笑
3曲目の表現は、最初、だいぶ明るめに入りました。明るすぎないのかな、って思ったけれども、改めてその目で歌詞を読んだら、そういうわけでもないんですね。空に結びつく鳥の無知と、その無知の真実なるを知らない人の愚かさ。そういう意味では、私も人間の目を持ってしまっていたのかもしれない。でも、そうすると、語りの音は、もっと朴訥と、かつ、重厚に読んでいたほうがいいのかもしれません。否、十分、素晴らしい朗読だったのですが。
合唱にしても、4曲目にかけては、アンサンブルが長かったという面もあって、少し声が浅くなっていたような気がします。そうでなくても、特に4曲目は表現としても深い声が求められる曲かと思います。その辺。もっと重厚に鳴っても良かったのだと思います。
然し、それにしても、若い! 爽やか! それだけで、この曲をここまで捉えることができるものなんですね。無鉄砲さというか、天真爛漫というか。いろんな難しいこと捨象して、それくらいにさっぱりと捉えるのも、この曲の楽しみ方なのかもしれません。

encore
松下耕「今、ここに」

テンポ変化は近藤さんが合わせつつ、それ以外は全員が息を合わせてのアンサンブル演奏。これぞ、今日の演奏会の真骨頂と言えるかもしれません。ちょっと遅くなりすぎな部分こそあったものの、何もしなくても勝手に音楽が進む。目指している音楽が明白だからこそして、やっと完成できる演奏。まさに、今、ここで、私が歌っているからしてでないと、この演奏は出来ないのです。

ストームはなく、そのまま終演。ロビーでの歓談もなんだか爽やかな感じでした笑

・まとめ

「音楽に正解はない」なんていう言葉があります。確かに、そう言えるような気もします。発声的・技術的に正しいと思われる音が鳴っているのが間違いない演奏であったとしても、全然感動できないものもあったりする。逆に、そういった部分で明らかなボロが見えていたとしても、ものすごい良演っていうのはまま見られる。
何が、その違いを作るのか。正直、つかめるようなものではないともいます。「名演の作り方」がわかるなら、誰だってやってるはずですし。では、そこに、技術ではない何かが介在しているのだとしたらーーとどのつまり、あるとするなら、「ヒトの心」って、名演には、欠かせない要素なのだな、と思わされました。
今日の演奏も、正直、劇的にうまかった、というほどにも言い切れない。でも、今日の演奏、すっごく良かった。特に『地球へのバラード』、特に「地球へのピクニック」なんかは、皆の思いが詰まっている。
思うに、「どう歌うか」ということについては、技術はとても雄弁なんです。でも、「何を歌うか」ということについては、人間がいないと、やっぱりわからない。「何を歌うか」ということが決まっていれば、そこから逆算的に、フレージングをはじめ「どう歌うか」は決まってくる。でも、どんなに楽譜を眺めていたとしても、解釈は最終的には多様だし、それをどの解釈で、どんな文脈で、どんな曲順で歌うかで、伝えるメッセージは変わりうる。
過度に気持ちが入りすぎれば、それは独りよがりになってしまう。でも、ギリギリまで技術を突き詰めたあとにようやく顕れる人の心は、寧ろ音楽の真実に近づいているのではないかと思います。その答えが、あのときわたしたちが共有した、爽やかな風のようなものだったのではないかと思います。何も出来なかった昔の自分と、やっぱり何も出来ない今の自分、その愚かさや、無鉄砲や、健気さや。どんなに無力であったとしても、今ここにいて、ここで歌う事実は変わらない。その事実と向き合うときの、誠実な、心からの合唱は、どこまでも伸びやかなのだと思います。
私達の音楽が、まさにこの瞬間に力を持つのを垣間見るとき、それだけで、今回、聞きに来た価値は、あるのだと思います。とても、後味が爽やかな、キレイな演奏会でした。

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