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2014年10月15日水曜日

《新増沢方式で遊んでみる》その2:『ハーモニー』で追いかける、新増沢方式誕生の歴史

 おばんですわたべです。以前の記事からまた日が経ってしまっている気がしますが、気のせいです(たぶん)。
 さて、昨日、たまたま機会がありましたので、全日本合唱連盟の資料室に伺いました。で、そこで、ハーモニーのバックナンバーをざっくり当たってきたところ(本当は44号だけでもよかったんですが)、想像以上に面白いことが一杯わかったので、せっかくなので、ここに、全日本合唱コンクール審査の系譜を書き留めておこうと思います。

***

 増沢方式は、元全日本合唱連盟名誉顧問である音楽評論家・増沢健美によって考案された投票ルールです。増沢方式は、音楽コンクール(現・日本音楽コンクール、通称・毎コン、音コン)で利用するために考案された制度(清水(1960), No.151)で、その後、全日本合唱コンクールで利用され、大きく発展しました。ちなみに、現在の音コンでは、増沢式採点法は使われておらず、最高点と最低点を足切りして合算する得点方式が利用されています。ちょうど、昔のフィギュアスケートの得点方式や、現在のスノーボード・スキー種目の採点方式と似ています。ちなみに、かつては、TBSレコード大賞に増沢方式が使われていた時代もあるそうです(佐伯(1980))。増沢健美、偉大です。
 対して新増沢方式は、増沢健美本人によって増沢方式が改良されていったもの(No.6)の完成形として扱われています。探してみても、現在、利用実績があるのは、全日本合唱コンクールくらいであるようです。ルールは以前書いた通りですが、シンプルながら非常に複雑な制度をとるように作られていますが、何かと、「基本は多数決」という言葉が繰り返されて説明されています(No.44, No.151)。おそらくこれは、旧増沢方式が本当に決選投票のある過半数多数決方式で決められているに過ぎなかった(清水(1960))ことに由来するものと考えられます。

・いちばんはじめは
 増沢健美がどうもこの関係での著書を残していないらしく、調べた限り、一番初めにまとまった形で増沢方式について言及している文献は、清水(1960)ということになるようです。この本の中で、清水脩は、所謂「旧」増沢方式について解説を行い、「この方法が最上と思っている」とまで述べます。本書では、所謂順位得点方式(ボルダ・ルール)との比較を行い、このルールを「愚策である」とまで表現し、ボルダ・ルールでは得点の操作が容易に行われてしまうこと、さらに、それが以前の音コンではしょっちゅう行われていた(例えば弟子筋問題だとか、審査員の主義主張の大幅なズレとか)ことが指摘されています。これに対して、増沢方式ではそういった操作が行いづらいということです。
 また同時に、この執筆時期から、増沢方式が結構昔から全日本合唱コンクールで利用されていたことが推定されます。が、『ハーモニー』が創刊されたのは、第24回コンクール以降のシーズンであり、現在調べた文献だけでは、増沢方式がいつから全日本合唱コンクールで利用されていたかははっきりとはわかりません。

・増沢方式の名残り
 さて、『ハーモニー』が創刊された次の号、No.2 で早速全日本合唱コンクールの特集号となります。早速この号の時点で審査表が掲載されているあたり、ある種 JCA の意地のようなものを感じます。この第2号のコンクール特集の中に、「審査方法について」という形で、小さく、審査方法が特集されています。ルールの詳細については解説がなされていないものの、この時点では、どうも、「旧」増沢方式を採用していたようです。理由として、
(i)たんに「増沢方式」と記載されていること
(ii)審査表を元に計算してみると、新増沢方式では計算のあわないところがあること
の2点が挙げられます。
 しかし、それにしても、この時の審査方式、どうも様子がおかしいのです。金銀銅賞が順位決定後に投票で決められるというのはいいとして、問題なのは、4つの手順で説明されているところの2番目にあります。
「増沢審査員長を除く十四名の審査員による順位について順位法(増沢式)により結果を出す。(同順位が生じた場合は審査委員長の決するところによる)」
 よくお勉強いただいている方だと、この時点で、現在の想定とは大幅に違うことがわかるかと思います。現在の新増沢方式では、そもそも奇数人の審査員が前提となっており、審査委員長を含めた全員が投票し審査表を作り、もし同順位が発生した場合は得点方式での解決を試み、その上でも同点になってしまった場合、最後の手段として審査委員長の順位に従うことになっています。偶数であるということは、順位が拮抗する場合、同数票の生じる可能性が格段に高くなってしまうため、審査委員長決裁が多くなってしまいます。増沢審査員長は投票していないもののたしかに現場にいて審査をしているため、そもそも非効率です。実際の現場でも、おそらく増沢審査員長は独自の審査表を持っていないことには決裁もできないでしょうから、あまり意味がないことではあります。
 実際、この年は、推定では、高校の部の1位決定で審査委員長決裁での決定となっており**1、早速制度の問題点が露呈しています。しかも、審査表にその事実は記載されていないので、やや不自由が生じています。おそらく、「審査と表彰の主体は金・銀・銅賞を決めた投票にある」という審査全体に対する姿勢が紙面編集にも反映されているものだと思われます。とはいえ、さすがに問題意識がなかったわけではなかったのか、次のコンクールから大幅改定が加えられます。

・新増沢方式の完成
 第25回コンクール特集号では、朝日新聞企画部の中野昭による記事(No.6)で、増沢方式についての詳細な解説が行われています。しかも、前年までのルールから改訂がなされており、
・審査委員数は必ず奇数でなければならないこと
・決選投票が3者に渡る場合についての解説が(不完全ながら)行われていること
が明記されています。記事のタイトルは「増沢(方)式」となっているものの、この時点で、現在の新増沢方式と限りなく近い制度について解説されていることから、この、新しくなった制度は新増沢方式とみてよいのではないかと考えています*1。そこで、この項では、暫定的に、第25回コンクールを、新増沢方式が初めて全日本合唱コンクールで利用された事例として捉えておくことにします。コンクール審査員に増沢健美がいることから成せた業といえるかもしれません。ちなみに、この記事は、第26回コンクール特集号=No.10 でも、同一内容で掲載されています。

・新増沢方式の放棄
 ところが、こうして生まれた「新」増沢方式、わずか4回利用されただけで、全国コンクールでは利用が止められてしまいました。第29回コンクール(高松大会!)特集号の No.22、その審査表が掲載されたページで、「審査の方法が変わりました」という形で、わずか10行にまとめられた形でルール変更がアナウンスされています。それによると、審査員は9位まで順位をつけ、残りは一律で10位として取り扱い、その上で点数方式ボルダ・ルール(最小点数が勝者となるパターン)にかけて順位を決定します。なんと、せっかく新増沢方式が利用されていたのに、得点方式が使われるに至ったのです。それも、「愚策である」とまで表現してボルダ・ルールを退けた清水脩が、そして新増沢方式の考案者である増沢健美が審査員として健在の元で堂々と。その理由については特に言及されていませんが、この後暫く得点方式が継続された後、34回大会から新増沢方式に戻され(No.44)、35回のコンクール特集号(No.43)の次の号で、衝撃の事実が告白されることになります。
 ちなみに、このころから、安積女子、金沢二水、純心女子、静大、金大、住金、グリーンウッドといった、現在の全国コンクールでもおなじみの顔が出てくるようになります。とはいえ、安積女子はまだ銅賞。時代を感じます。

・復活と限界の告白
「新増沢方式を解明する」というタイトルは、現代で言うと、No.151 掲載の、Web 公開もされている記事が有名かと思いますが、もともとは、No.44 の特集で最初に使われたタイトルです。「実際にハーモニーなどで公表される審査表は全投票一覧という形をとるため、一見理解しにくい面があり、本部、支部へいろいろ問い合わせがあるようで」、本特集が組まれたというあたり、今も昔も、制度への評価は決して低くないものの、変わらず団体泣かせの制度ではあるようです。
 さて、ここで解説されているルールは、完全な新増沢方式ということができそうです*2。本記事のうち注目に値するのは、なぜ一旦得点方式へ移ったのか、得点方式から戻すほど新増沢方式には価値があるものなのかディスカッションが行われているということです。
 まず1点目、なぜ一旦得点方式に突然変わったのか。結論としては、本文の言葉を借りれば「音を上げた」から。要は、もともと計算を手計算でやっていたところ、特に順位が拮抗する部門で多大な時間がかかるようになってきて、成績発表までの時間が大幅に延びてしまってきて、結果を早く出すことを優先して得点方式に変更したとのことでした。新増沢方式が復活したのは、コンピューターの導入による成果。関西支部ではすでにコンピューターに寄る新増沢方式の採点が行われていたそうで、それを学ぶ形で34回コンクールから新増沢方式の復活が実現したのでした。しかし、それでも、10団体×11名審査員の審査表を計算するのに、当時は数十秒もかかっている点、目覚ましい技術の進歩です。今や、ご家庭のパソコンでも簡単に計算できる時代だというものを……(菅原(1999,2000))。
 2点目、なぜ得点方式がダメなのかについて。ここでは、点数方式として2種類提示されています。一つが、100点満点の採点方式、そしてもう一つが、ボルダ・ルールです。前者だけでなく後者も、清水(1960)の指摘通り、拮抗する両者のうち片方を極端に低い順位につけることで、贔屓の順位を上げるという操作が比較的簡単に行われるため、妥当ではないとされています*3。そんなわけで、新増沢方式の復活が待たれていたということです。

・現代は
 ご存知のように、様々な制度が過去、そして現在も試みられています。Nコンは、新増沢方式に近いものの少し異なる制度を用いていると言われていますし、さらに、全日本合唱コンクール周りで特に現在顕著なのは、所謂福島方式かと思います。これは、今も福島県合唱コンクール、並びに全日本合唱コンクール東北支部大会で利用されています。このルールでは、ボルダ・ルールとは逆に、得点を順位に換算し*4、それをコープランド・ルールにかけることで順位が決定されています。ちょうど、サッカーのグループリーグと同じような順位決定方式で、感覚的にわかりやすいことからも、昨今支持が高まっている方式です。しかし、コープランド・ルールにも決して欠点がないわけではなく(実際、結果の操作は割と簡単に可能)、今後、他のルールも含めさらなる議論と実用が期待されます。

脚註
*1 この解説においては、例えば審査員9名の場合において、3票、2票、2票、2票のような形で、2段階に分かれた3人以上の決選投票の形態について解説されていないため、この時点で完全な新増沢方式が完成されていたかは不明です。実際の審査表を計算してみたらわかることがあるのかもしれませんが、ひとまず、ご勘弁戴ければ……

*2 もっとも、ここで選択されている事例が非常に単純な事例で、旧増沢方式の範疇で解決出来てしまうもののため、ルールの説明としてはかならずしも厳密にはなされていません。

*3 得点方式、特に単純な採点方式については多く改良が試みられています。実際、先述した最高点、最低点の足切り方式はその一例ですし、もっと極端に、上から並べて真ん中の点数をつけている人のものをそのまま評価点にする方法も用いられています。後者は、median nomination などと呼ばれ、バイアスが非常に少ない制度として知られています。

*4 この操作が必要なのは、割と事務的な事情によるものと思われます。2014年現在、福島県合唱コンクールの中学校の部の出場団体数が70団体に迫っており、同声と混声を合同で評価するプログラム形式も相まって、中学校の部だけで2日間かかっています(!)。そのため、相対的な順位を審査員に求めてしまうと、逆に順位付けが曖昧になってしまうことから、得点を提出してもらい、それを順位に落とすという方式をとっているものと思われます。ですから、現在の全日本合唱コンクールの審査表を用いて福島方式(コープランド・ルール)の再現をすることは可能です。

**1 この部分、当初は審査委員長の裁定で決定していたものと思われましたが、改めてボルダ・ルールで計算しなおした所、1位が審査表通りに決定したため、審査委員長の裁定の前に点数方式での得票数決定がなされたのではないかと推定されます。しかし、上記で議論した内容については、なおも問題が健在しているものと考えます。実際、奇数人の投票を組み合わせる現在の審査表では、タイブレークの得点方式が用いられることは殆どありません。(2014年10月16日追記)

参考文献
・雑誌
「審査方法について」『ハーモニー』No.2, p.9
中野昭「順位法「増沢式」について」『ハーモニー』No.6, p.11
全日本合唱連盟「新増沢方式を解明する」『ハーモニー』 No.44, p.38-40
田辺正行「新増沢方式を解明する」『ハーモニー』No.151, p.100-103 http://www.jcanet.or.jp/event/concour/shinmasuzawa-kaisetu201001.htm
(他、No.2, No.6, No.22 に掲載の審査表を利用。文中では(No.**)の形で表記)

・書籍
清水脩「採点法」『合唱の素顔』カワイ楽譜, 1960
佐伯胖『「きめ方」の論理―社会的決定理論への招待』, 東京大学出版会, 1980

・Web(URL元はすべて投稿時確認)
福島県合唱連盟「審査方法について」 http://www.geocities.jp/fcl_fukushima/sinsahouhou.htm
斎藤善之「新増沢方式とは何か」, 2000, 2007, http://members.jcom.home.ne.jp/satsuren/shinmasu.pdf
菅原満「コーラス・ガウス君」1999, 2003, 
http://members3.jcom.home.ne.jp/math_community/gauss/gauss.html
渡部翔太「《新増沢方式で遊んでみる》その1:ルールについて」 http://shotawatabe.blogspot.jp/2014/09/blog-post.html

3 件のコメント:

  1. 興味深い記事をありがとうございます。
    平成28年度から大阪府合唱コンクール(中学・高校の部)では、審査方式が新増沢方式から変更されましたので、ご参考までにお知らせします。

    新方式は、*4で書かれたような、新増沢方式と同様の相対順位を付けた審査表を元に、福島方式と同様のコープランドルールで順位を出す方式です。ただし、循環順位が発生した場合には、対象合唱団のみの相対順位を元に新増沢方式で解決を図る、としています。

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    1. 大変貴重なお話をありがとうございます。返信が遅れて大変申し訳ありません。

      コープランド・ルール、やはり、人気ですね……。そのわかりやすさもあるでしょうか。ちょっと今、このコトを受けて記事執筆中です。計算のため、結構お時間を戴くことになりそうです……笑

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  2. コメントありがとうございます。
    新しい記事、楽しみにしています。
    実のところ、私は大阪府合唱連盟の中の人なので、来年度に向けての制度改善の参考になるのではと期待している次第です。

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